
窓を少し開けていると、カーテンがふくらんで、戻って、またふくらむ。
まだ外は明るい。
部屋の中は何も変わっていないのに、風だけが、少し先へ行ってしまったように感じることがある。
今回作った曲のタイトルは、「風だけ先に」。
「Chill × 日本語 × Groove」で、まだ名前のないChillを探す試みの3曲目です。
今回、最初に考えたのは、正体不明なのに、なぜか気持ちいい音は作れるだろうか。
そんなことでした。
夏の終わりを、歌わない
「風だけ先に」には、大きな出来事はありません。
カーテンがふくらむ。
床の光が少し長くなる。
グラスの水がぬるくなる。
開けた窓から、知らない匂いが入ってくる。
それだけです。
夏の終わりをテーマにした曲なら、
夏が終わる。
寂しい。
もう戻れない。
そんな言葉も使えます。
でも今回は、なるべく言わないことにしました。
季節が変わる瞬間なんて、たぶん誰にも見えないからです。
昨日まで夏だったのに、今日から秋になった。
そんなふうには変わらない。
ただ、ある日の夕方、風の温度が少し違っていたりする。
日が短くなったことに、ふと気づいたりする。
人間より先に、カーテンが季節の変化を知っている。
そんなくらいが、この曲にはちょうどいい気がしました。
ジャンルを混ぜるのを、少しやめてみる
音の作り方でも、今回は少し違うことを試しました。
出発点になったのは、Soft Psychedelia。
Latinのリズム。
そしてChill。
そこに日本語を置く。
文字だけ見ると、いろいろなジャンルを混ぜた音楽に見えます。
でも今回は、「PsychedelicとLatinとChillを融合しよう」とは、あまり考えませんでした。
ジャンルをそのまま持ってくるのではなく、一度ほどいてみることにしたのです。
Psychedeliaから借りたのは、派手なサイケデリック感ではありません。
音程がほんの少し揺れる感じ。
テープがわずかに伸び縮みするような時間感覚。
ギターの音が、現実から数センチだけずれて聞こえる感じ。
Latinから借りたのも、分かりやすいラテンのリズムではありません。
小さなパーカッション。
アクセントの位置。
まっすぐ歩くのではなく、身体が左右へ少し揺れるようなPulse。
Chillから残したのは、静かな音そのものというより、急かされない時間でした。
ジャンルを混ぜるのではなく、ジャンルを一度ほどいて、欲しいところだけ少し借りる。
そんな作り方です。
日本語も、少しだけほどいてみる
日本語も、今回は普通に歌わせないことにしました。
歌っているような、話しているような。
その中間くらい。
「風だけ」
「先に」
「まだ」
そんな短い言葉を、メロディだけではなく、BassやPercussionと一緒に置いていく。
言葉の意味と同じくらい、
「か」
「ぜ」
「だ」
「け」
という音や、言葉と言葉の間を大事にする。
日本語を歌詞として使うだけではなく、Grooveの一部として使えないだろうか。
このシリーズでずっと試していることのひとつです。
できた音を聴いて、少し困った
実際に音にしてみると、面白いことが起きました。
Latinっぽいと言えば、どこかにその気配はある。
でもLatinではない。
Psychedelicな揺れもある。
でも、いわゆるサイケデリックな曲でもない。
日本語で歌っている。
でも、J-Popという感じでもない。
Chillではある。
でもAmbientでも、Lo-fiでもない。
「これは何?」
と聞かれると、少し困る。
ところが不思議なことに、聴いていて、
ちゃんと気持ちいい。
身体も少し揺れる。
音のひとつひとつは、それほど奇妙ではありません。
それなのに、全部が一緒になると、どこに置けばいいのか分からなくなる。
今回いちばん面白かったのは、そこでした。
正体不明は、奇抜さとは少し違う
新しい音を作ろうとすると、つい変わった音を入れたくなります。
聴いたことのない音。
極端なリズム。
奇妙なエフェクト。
もちろん、それもひとつの方法だと思います。
でも今回できた曲を聴いていると、
別の方法もあるのかもしれないと思いました。
ひとつの大きな違和感を置くのではなく、小さな「何か違う」を、いくつも薄く重ねる。
Latinなのに、Latinではない。
Psychedelicなのに、派手ではない。
日本語なのに、J-Popではない。
Chillなのに、Ambientでもない。
どれも少しずつ知っている。
でも、その組み合わせには覚えがない。
だから耳はそれほど警戒しないのに、頭のどこかでは、「これは何だろう」と思っている。
もしかすると、「知らないのに聴ける」という感覚は、そんなところから生まれるのかもしれません。
とりあえず、名前を付けてみた
この音を、制作中は仮に、Drift Latin Chillと呼んでいました。
でも、この名前が正解なのかは分かりません。
むしろ、正解ではないくらいでいい気もしています。
ジャンル名は、音楽を探すときの便利な地図です。
でも、ときどき、地図に載っていない小さな道を歩いていると、知らない店を見つけることがある。
今回の「風だけ先に」は、そんな一曲になりました。
名前を付けるために音を作るのではなく、音が先にあって、あとから名前を探してみる。
そして、うまく名前が見つからなければ、しばらくそのままにしておく。
それも悪くありません。
窓の向こうは、まだ明るい。
カーテンが、また少しふくらむ。
こちらが季節の名前を考えているあいだにも、風だけは、もう少し先へ行っているのかもしれません。

