
明日のアラームを確かめるだけのつもりだった。
ちゃんと設定してある。では、おやすみなさい。
本来なら、そこで終わる用事です。
ところが、通知がひとつ目に入る。
開いてみると、知っている人の近況がある。その下には、知らない人の意見。そのまた下では、もっと知らない人たちが、ずいぶん前から言い争っています。
どういう経緯なのか気になって、少しさかのぼってみる。
片方の言い分だけではわからないので、もう片方も読む。
深夜に、頼まれてもいない調査を始めています。
気づけば、眠るには惜しかったはずの時間が、眠る時間を削っていました。
部屋には誰も来ていないのに
SNSを見て疲れた夜、何をそんなに見ていたのか、うまく思い出せないことがあります。
何かに腹が立った。少し焦った。自分だけが、同じ場所にいるような気がした。
でも、何に腹を立てて、誰と比べていたのか。そのあたりは、もう曖昧です。
画面の中では、誰かが旅行に出かけ、誰かの仕事が認められ、誰かが何かを許せないと言っています。
こちらは寝る前の、古いTシャツのまま。その格好で、ずいぶんたくさんの場所を回ってきた気分です。
楽しいものも見たはずなのに、最後に引っかかっているのは、たったひとつの「きつい言葉」だったりします。
自分に向けられた言葉ではありません。それでも、頭の中では返事を考えている。「いや、それはちょっと違うんじゃないですか」と、歯を磨きながら続きを始めてしまう。
部屋には誰も来ていないのに、ひとりになるのが難しい夜です。
見たかったのは、これでしたっけ
別に、腹を立てたくて開いたわけではないんですよね。
少し笑いたかっただけかもしれません。
好きな人の新しい投稿を見たかった。
一日が仕事と用事だけで終わるのが惜しくて、もう少し、自分の好きなものに触れていたかった。
その気持ちには、わりと覚えがあります。
だから、スマホを見ていた時間を、まとめて無駄だったことにはしたくありません。
知らない人が載せた、少し焦げたトースト。立派なことは何も言わない、短い近況。偶然流れてきて、もう一度聴きたくなった曲。
そういうものに、ふっと気が緩むことだってあります。
会ったことのない誰かの何でもない一日が、こちらの夜を少しだけ楽にしてくれる。その不思議さは、今も好きです。
ただ、今夜は途中から、違うものを見ていた気がします。
読みたいから読む、というより、続きを確かめないと落ち着かない。
嫌な気分になったので閉じたい。でも、嫌な気分のまま終わりたくなくて、次を開く。
もうひとつ先に、気分のよくなるものがあるかもしれない。
そんなふうに指を動かしているうちに、最初に見たかったものが、ずいぶん遠くなっていました。
続きを知らないままでも
「見なくていいもの」と言うと、世の中の面倒なことから目をそらすようで、少し引っかかるかもしれません。
知っておきたいことはあります。
知らないままでいたくないこともあります。
でも、それを全部、今夜、布団の中で確かめる必要があるのかというと、そこは別の話でしょう。
昼なら「いろんな人がいますね」で済む話が、夜にはなかなか離れてくれない。
そんな日の自分に、さらに別の意見を読み込ませなくてもいい気がします。
誰が最後に何を言ったのか。あの投稿に、どんな反応がついたのか。
途中で読むのをやめても、賛成したことにはならないし、負けを認めたことにもなりません。
そもそも、こちらは参加していなかったのでした。
ただ、アラームを確かめに来ただけです。そう思うと、少しおかしくなります。
ずいぶん遠くまで来てしまいました。
伏せた画面の、そのあとで
スマホを伏せると、部屋が急に静かになる気がします。音は、最初から出していなかったのに。
冷蔵庫が低く鳴っている。外を車が一台通る。コップに残っていた水を飲むと、思っていたより喉が渇いていたことに気づきます。
さっきの言葉は、まだ少し気になります。画面を閉じたくらいで、気持ちまできれいに片づくわけではありません。
手持ち無沙汰で、またスマホに手が伸びるかもしれない。明日の夜も、同じようなことをするかもしれない。
それでも今は、水をもう少し飲んでおきます。
今日は何もなかった、と思いながら眺めていた画面でした。
でも、そういえば夕飯がおいしかった。帰り道の風が、少し涼しかった。
誰かに報告するほどではないことを、画面を見ていない数分のあいだに思い出します。
あの言い争いがどうなったのかは、わからないままです。
今さら確かめると、また長くなりそうです。
アラームは、ちゃんと設定してありました。
今夜は、その用事だけ済んだことにして。
おやすみなさい。

